憂鬱な仮面

 武田は突然そう云った。憂鬱な仮面になっていた。「え……一緒に一杯やるんじゃないのか。」「いや、またこの次にしよう。今日は一寸用があるから……。」「だって……。」「そのうちに行くよ。……そう、赤ん坊を見に行こう。」「…………」 佐野は呆気にとられた。一人になってもぼんやりそこに佇んでいた。やがて、俄に変梃な気持になった。 ――さて、どうするかな。行っちまうか。 街路の灯と明るい商店と見ず識らずの通行人……。その中で、肌寒いほど一人ぽっちの彼だった。

 四五日後の午後だった。「あなた、今日武田さんがいらっしゃいましたよ。」 佐野が外から帰ってくると、敏子はさも大事件のように彼へ報告した。「ほう、武田君が。」「ええ。随分長く、二時間くらい待っていらしたが、お帰りなさらないので……。」「何か用かしら。」「尋ねてみたんですけれど、別に用はないんですって。……こないだ、あなたはお逢いなすったんですってね。」「あ、そうそう、話すのを忘れていたが……。」 佐野はぎくりとした。折が折だったので、後になって、二三日前に逢ったという風に、漠然と話すつもりだったが、まだそのままになっていた。 敏子は一寸不審そうな眼付をしていた。

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