大阪行の二等車

「大阪行の二等車の網棚へ捨てた君のスーツ・ケースだ。豊橋駅のホームで広報係の駅員に、アナウンスを依頼した事実もあがっている。湖水に絵を描きに来るのに、こんな手の混んだことをするのはどういうわけだ? 納得のいくように話してもらおう」 癌になる前に、自分という存在を、上手にこの世から消してしまおうというのは、久美子の心の中の恥部で、できるなら隠しておきたいことだったが、ここまでおし詰められれば逃げきれるものではない。久美子は父が肝臓癌で死んだことから、放送局の屋上で「肌色の月」を見て、もういけない、と思い自殺を決意するまでの経過をありのままに話した。「宇野久美子が自殺したと騒がれるのは、やりきれないと思ったから。そんな単純なことだったんです。この気持、おわかりになるでしょう?」「自殺するにはいろいろな方法がある。場所もさまざまだ……ぜひ、あの湖水でなくてもいいわけだね?」「あの湖水をえらんだのは、あそこで死体が揚ったためしがないと聞いたからです」 捜査一課は背伸びのようなことをすると、灰皿に煙草の火をにじりつけて、椅子から立ちあがった。「話にしては、よく出来た話だ……よかろう。癌研で徹底的に調べてもらってやる。そのうえで、ご相談しよう」

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