放っておけないような気がして

 たいへんな苦しみようだ。久美子は闇の中に立っていたが、放っておけないような気がして、大池のそばへ行った。「大池さん、あたしです。どうなすったの」 大池は嗄れたような声でささやいた。「ジガレンの注射を……」 大池は心臓発作をおこしかけている。 どんな嫌疑を受けても、犯した罪がなければ、いつかは解けると多寡を括っていたが、この二日、警察とのやりあいで、そうばかりはいかないらしいことをさとった。一人だけでいるところで死なれでもしたら、どんなことになるかわかったものではない。「ともかく、長椅子に行きましょう」 大池を長椅子のところへ連れて行くと、上着を脱がせ、クッションを集めて座位のかたちで落着かせた。洗面器に井戸水を汲んできてせっせと胸を冷やしたが、こんなことでは助かりそうもなかった。「応急薬といったようなものはないんですか、あるなら探して来るけど」 大池は食器棚を指さした。「……ジギタミンと、赤酒を……」 食器棚の曳出しにはそれらしいものはなかったので、浴室へ行って、壁に嵌め込んだ鏡付のキャビネットの中を見た……「ジギタミン」というレッテルを粘った錠剤の瓶がガラスの棚の上に載っていた。日本薬局方の赤酒は、赤い封蝋をつけてウイスキーの瓶のとなりに並んでいた。「安心なさい。ジギタミンも赤酒もあったわ」 コップの水を口もとに持っていくと、大池は飛びつくようにして錠剤を飲みこんだ。

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