二人は大変親しかつたらしいな

「さあ恩人だつたかどうだかともかく二人は大変親しかつたらしいな。捷平の死んだのが三十五で、その当時駿三は二十五の筈だから向うの方がずつと先輩だがね、駿三が山田家から秋川家に入つて徳子と結婚したのがそれより二年前、すなはち駿三も徳子も二十三才の時だ。当時秋川一家は岡山にいた筈だが、駿三ら若夫婦は山口県で伊達捷平と一緒に事業をしていたらしい。そうして大へん親しかつたんだ。結婚の翌年ひろ子が生れ、その翌年、伊達捷平夫婦が死亡したので、駿三が正男をひきとつてやつたんだよ」「成程。すると、駿三の云うことはうそじやないんだね」「そうさ。ところで君はそれで満足したかね」「そうだね。話がまあよくわかつたよ」「そうかね。よく判つたかい。何かおかしな所に気がつかないかい」 藤枝は、ちよいとからかうような表情をした。「ねえ小川。成程、駿三のいう所はよく判つている。しかし、それならだ。何故今まではつきりとその事をわれわれに話さなかつたのだろう。僕が、伊達正男の素性を怪しんでいたことは、あの二十日の夜にはつきり口に出すまでにだつて判つている筈だ。況んや、二十日のあの時以後はなおはつきりと知れている筈ではないか。のみならず、駿三は僕ばかりにではない、ひろ子達にも伊達の素性をはつきりといつていないぜ」「彼の弁解によれば、恩返しをしているということは、こつちから恩を売ることになるから……」「君はそんな弁解を信じているのか。冗談ではないよ。駿三はできるだけ伊達の素性をかくしていたかつたのだ」「何故?」「そこだ。何故彼がそれをかくしているか[#「何故彼がそれをかくしているか」に傍点]。せつぱつまつて今日になつてしやべるまで悪いことでもないのに――否、立派な美事をどうして彼はかくそうとしたか、これが謎だよ」「ふうん」 私は今更感心して考えこんでしまつた。「うん、素性と云えば、早川辰吉の性質がよく判つて来たよ。これはさつき警察から電話でしらせてくれたのだがね、牛込署の刑事が二十一日の夜、大阪に立つて、辰吉の前の情婦の岡田かつに当つて来たんだ。その結果、妙な事が知れたよ。岡田かつは辰吉を嫌つて別れたそうじやないんだそうだ。ただ同居に堪えられなくなつたんだね。つまり一口に云うと早川辰吉という男は変態性慾患者なのだ、すきな女を肉体的に苦しめるのがむしようにうれしいんだ。不幸にも、かつがマゾヒストでなかつたので別れちまつたんだな。そうして佐田やす子の場合もそうだつたらしいんだ。つまり、やす子も辰吉をすいてはいるのだが、どうも一緒におられなくなつたのだろう」

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